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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)7076号 判決

原告 甲野花子

〈ほか八四名〉

右訴訟代理人弁護士 小泉征一郎

同 古瀬駿介

同 川端和治

同 近藤勝

被告 国

右代表者法務大臣 古井喜實

右指定代理人 小沢義彦

〈ほか六名〉

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し各金一一万円及びこれに対する昭和四五年九月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨。

2  仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、昭和四四年一〇月二一日のいわゆる国際反戦デー闘争あるいは同年一一月一六日のいわゆる佐藤訪米阻止闘争等により、公務執行妨害罪等の罪名で東京地方裁判所に起訴され、東京拘置所に勾留されていた者である。

2  原告らはいずれも右拘置所において読売新聞を定期購読していたところ、同新聞の昭和四五年三月三一日付夕刊から同年四月二日付朝刊までの四紙について、紙面の大部分が墨で真黒に塗りつぶされ判読不可能となったものを交付された。これは、当時の東京拘置所長福原弘夫(以下単に「東京拘置所長」という。)が、その職務として、赤軍派学生らによるいわゆる日航機乗っ取り事件の発生に関連して、右事件に関する一切の記事を、そのラジオ、テレビの番組案内欄に至るまで、抹消したことによるものである(東京拘置所長によるこの新聞記事の抹消処分を、以下「本件抹消処分」という。なお、四月二日付夕刊以降の新聞については、右事件の犯人の氏名のみが抹消された。)。

3  本件抹消処分の違法性―その一

東京拘置所長が本件抹消処分をするについて依拠した監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条一項は、以下に述べるとおりいずれも違憲無効であり、したがって本件抹消処分は違法性を有するものといわなければならない。

そもそも、勾留中の刑事被告人は、公判廷への出頭の確保及び罪証隠滅の防止という目的のために身柄を拘束されているにすぎないのであるから、身体の自由を拘束される以外には、憲法上の基本的人権の全てを享受し得るといわなければならない。

そして、人権の人権ともいうべき思想及び良心の自由や表現の自由が実質的に保障されるためには、思想及び良心を形成する糧である「情報」を自由に摂取することが保障されなければならないことはいうまでもなく、したがって、国民の「知る権利」も、憲法一九条及び二一条によって憲法上の保障を受けるといわなければならない。そして、文書、図画を閲読することは右権利の一内容であるところ、一般社会から隔離されている在監者らにとっては、文書、図画ことに新聞を閲読することが、社会で生起している出来事を迅速かつ的確に知りうる唯一の方法ともいうべく、人間として最低限度の知的生活を営む上で極めて重要な意味を有しているのである。

しかるに、監獄法三一条二項は「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と、又同法施行規則八六条一項は「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」とそれぞれ規定しているが、これらの規定は、在監者の文書、図画の閲読を制限し、その「知る権利」を侵害するものであるから、憲法一九条及び二一条に違反し無効といわなければならない。

4  本件抹消処分の違法性―その二

仮に右各法令が合憲だとしても、東京拘置所長による本件抹消処分は、監獄法施行規則八六条一項の要件を具備しておらず、違法性を有するといわなければならない。

そもそも「知る権利」は、前述のように、人権の人権ともいうべき思想及び良心の自由や表現の自由を実質的に支え、それらを意義あらしめるための重要な権利であり、またその権利の行使はあくまでも行為者の内心に留まり他の人権を直接的に侵害することはあり得ないので、人がある事実を了知したことに誘発されて違法行為に出ることが予測される場合においても、一般的には、そのなされた違法行為そのものを規制すれば十分であって、情報の摂取それ自体を規制することはできる限り避けなければならない。よって、「知る権利」に対する公権力による規制は、ある事実を知らせた場合に違法行為に出るであろうことが高度の蓋然性をもって予測され、かつ、その危険が現にさし迫っていることを要するとともに、その違法行為によって侵害される法益が極めて重大なものである場合にのみ許されるというべきである。

しかるに、東京拘置所長は、右要件を全く充足していないにもかかわらず、本件抹消処分をなしたのであって、違法といわなければならない。

5  損害

原告らは、本件抹消処分によって、毎日全面真黒となった新聞を交付され、日航機乗っ取りという重大な社会的事件について知ることを妨げられた。これは、国民主権主義を支える重要な前提である「知る権利」の侵害である。そのため、原告らは極めて重大な精神的苦痛を蒙ったが、これを慰謝するには金一〇万円が相当である。

また、原告らは、原告ら訴訟代理人との間で、本件訴訟の提起を依頼するについて、弁護士費用として金一万円を支払う旨それぞれ約したが、これも本件抹消処分と相当因果関係のある損害である。

6  よって、原告らは被告国に対し、国家賠償法一条一項により、本件抹消処分によって原告らの蒙った右5の損害合計金一一万円及びこれに対する本件不法行為ののちである昭和四五年九月二二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

4  同4の主張は争う。

5  同5のうち、原告らがその代理人との間で弁護士費用として金一万円を支払う旨約したことは不知、その余の事実は否認する。

三  被告の主張

1  監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条一項の合憲性

「知る権利」が憲法上保障されていることは原告ら主張のとおりであるが、右権利とても絶対無制限なものではなく、公共の福祉による制限の下に立つものである。そして未決勾留は、被疑者又は被告人の逃走又は罪証隠滅の防止を目的としてその居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄においては、種々の犯罪容疑をもたれた多数の被拘禁者を収容し、これを限定された施設、人員によって集団として管理しているのであるから、その紀律を守り秩序を維持することが必要不可欠である。そのためには、単に被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでは足りず、その他の自由に対しても必要かつ合理的な制限を加えることもやむを得ないといわなければならない。

監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条一項は、右の如き監獄の目的を達成するために必要不可欠の合理的制限を定めたものであり、結局公共の福祉に合致するものであるから、何ら憲法に違反するものではない。

2  本件抹消処分の適法性

本件抹消処分の対象となった新聞記事は、以下に述べるとおり、当時の東京拘置所の保安状況及びその記事の内容である日航機乗っ取り事件の特異性から判断して、「拘禁の目的に反し、監獄の紀律を害するおそれがある文書」に該当することが明らかであるから、本件抹消処分は何ら違法、不当なものではない。

(一) 当時の東京拘置所の保安状況

東京拘置所は、主として拘置監からなる監獄であって、主に刑事被告人及び死刑の言渡を受けた者を集禁する施設である。本件抹消処分の行なわれた昭和四五年四月一日当時、同所には一六九五名が在監していたが、内三一八名は、原告らも含めて、昭和四三年頃から昭和四五年にかけて発生したいわゆる過激派集団による一連の暴力的闘争に関連して検挙された公安事件関係者であった。

ところで、これらの公安事件関係在監者は、拘置所内において「獄中闘争」とか「同志連帯の確認」などと称し、拘置所内の処遇等に関する事項であると拘置所外の出来事であるとを問わず刺激的なニュースに接したときは、多数の者が大声を発したり、シュブレヒコール、インター合唱、拍手、房扉・房壁の乱打、ハンスト、点検・出房の拒否等をして所内秩序のかく乱を図るのみならず、処遇上のさ細な問題をとらえてことさらに職員の指示に反抗することも多く、その中には暴力的行動に出る者も少なくなかった。

また右公安事件関係在監者に対する拘置所外部からの働きかけも活発で、拘置所周辺における「監獄法撤廃」、「獄中弾圧反対」、「不当勾留反対」等を叫ぶデモ及びマイクによる呼びかけのほか、所内と所外との連携をあおるパンフレットや前記の如き所内における闘争的行動についてこれを賞賛する文書の差入も多く、中には所内外において反乱をおこし東京拘置所を日本のバスチーユにしようとか、所内の被告人を実力で奪還しようと呼びかけるものもあり、昭和四四年一〇月一八日には、数名の者が、棒や火炎ビン等をもって所内に乱入した事件も発生した。

以上のとおり、当時の東京拘置所の保安状況には容易ならざるものがあったので、同所内の秩序を維持し未決勾留制度を適正に保持するについては十分配慮する必要があった。そのため、拘置所内外の警備を厳重にするだけでなく、文書、図画の検閲を慎重に行い、拘禁の目的に反し監獄の紀律に有害な文書、図画の閲読を規制する必要性が大きかったのである。

(二) 本件新聞記事の内容及び在監者に及ぼす影響

昭和四五年三月三一日付読売新聞の夕刊は、第一面トップに「赤軍派学生日航機乗っ取り、乗客ら一〇〇人をしばる」との大見出のもとに、「三一日午前七時四〇分ごろ、東京・羽田発福岡行き日本航空三五一便ボーイング七二七型機『よど号』(石田真二機長(四七)乗員七人、乗客一三一人=うち幼児二人)が静岡県富士山頂付近を飛行中、赤軍派と称する学生一五人が『航路を変更して北朝鮮の富寧に行け。いうことをきかないと持っている爆薬を爆破させる。』とピストルや日本刀などでおどし、乗客の両手をしばって監禁して同機を乗っ取った。同機長は燃料不足を理由に福岡・板付空港に同機を着陸させた。そして、同機長はじめ日本航空、運輸省、警察庁、福岡県警は、しばられたまま監禁されている乗客を降ろすよう説得を続けたが、一味は乗客のうち老人、女性ら二三人を降ろさせただけで、午後一時五八分同機を乗客一一五人を乗せたまま離陸させて不法出国の目的を遂げ、韓国の金浦空港に着陸した。」旨の記事を写真入りで詳細に掲載しているのである。

また同紙の同年四月一日付朝刊、夕刊及び同月二日付朝刊は、右のとおり乗っ取られた「よど号」の乗客等を救出するために、日韓両国政府及び日航関係者らが、右学生らに対し懸命の説得を続けたにもかかわらず、右学生らは、乗客、乗員百余名を人質として脅迫監禁し、「何日間でも機内でろう城する。攻撃を加えてくれば自爆する。われわれの目的はこの飛行機に乗ったまま平壌に飛んでいくことだ。われわれのもっている爆弾で飛行機は爆破できる。」などと言って北朝鮮行きを強要している状況など乗っ取り事件の詳細を掲載している。

このように、右事件は我が国では前代未聞の兇悪な航空機乗っ取り事件であって、極めて衝撃的なニュースであった。そしてこの事件においては、犯人らに対する説得工作が困難を極め、時の経過とともに監禁されている乗客らの健康、生命が危ぶまれ、極めて緊迫した状態が続いていたのである。また右事件発生当初においては、日航機乗っ取りの目的が必ずしも明らかではなく、前記の新聞記事中にも見られるとおり、日航機乗っ取り犯人らが、機内に監禁されている乗客らと引換えに在監被告人らの釈放を要求して来るのではないか、との推測も一般になされていたのである。したがって、右事件がいかなる方向に発展していくか予測できない状況下にあった同年四月一日ないし二日の時点において、前述の如き保安状況下にあった東京拘置所で、多数の公安事件関係在監者を含む新聞の定期購読者(同年四月一日の新聞の購読者数は三〇四名、内公安事件関係者は二三五名。)に前記新聞記事を閲読させた場合には、これら在監者が赤軍派学生らの暴挙に共感し、あるいはその刺激を受け、喧噪、騒じょうにわたる行為に出るおそれが多分にあり、また当時東京拘置所内に約三〇名の赤軍派関係者が収容されていたことを考慮するとき、右事件の進展いかんによっては、騒じょう行為が暴動化し、在監者らが右事件の犯行の手口を真似て職員を人質として監禁し釈放要求をして来るおそれもないとはいえなかったのである。

(三) 本件抹消処分の法令上の根拠

在監者の文書、図画の閲読の制限について、監獄法三一条二項は命令で定めるものとし、これを受けて同法施行規則八六条一項は「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定している。そして法務大臣は、閲読させる文書、図画の取扱いに関する基準として「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」(昭和四一年一二月一三日法務大臣訓令矯正甲第一三〇七号)を定め、その適正な運用を図ることとした。そして右取扱規程三条一項によれば、未決拘禁者に閲読を許す文書、図画の範囲は(1)罪証隠滅に資するおそれのないもの、(2)身柄の確保を阻害するおそれのないもの、(3)紀律を害するおそれのないものである旨定められている。また法務省矯正局長は、右基準に照して閲読を許さない文書、図画の例として「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」(昭和四一年一二月二〇日矯正局長依命通達矯正甲一三三〇号)において「犯罪の手段方法等を詳細に伝えたもの」等をあげ、これらについては閲読させないように指示している。

ところで、東京拘置所長は、本件新聞記事は犯罪の手段方法を詳細に伝えたものであり、また拘禁の目的に反し所内の紀律を害するおそれがあるものと判断して、前記法令等に依拠して本件抹消処分をなしたのであるが、前記(二)のとおり、本件新聞記事の内容は犯罪の手段方法を詳細に伝えたものであり、また前記(一)の如き当時の東京拘置所の保安状況に鑑みるとき、もし右内容の記事が一般社会から隔離されて不安定な精神状態にあった原告らに即時に全面的に報道されるときは、前記(二)のとおり原告らをはじめとする収容者の間に動揺興奮を招来して騒ぎを誘発し、監獄の紀律を害するおそれなしとしない内容であったというべく、したがって、東京拘置所長による本件抹消処分は、監獄の秩序を維持し拘禁目的を達するために真にやむを得ない適法な処置であったというべきである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

2  同2における被告の主張は争う。

なお、同2、(一)のうち、拘置所内において公安事件関係者らが大声を発したり、シュプレヒコール、インター合唱、拍手、房扉や房壁の乱打、ハンスト、点検・出房の拒否をした事実は認める。しかし、これらはいずれもそれなりの正当な理由があってなされたことであって、被告が主張するように「所内秩序のかく乱を図る」目的でなされたものではない。

また、拘置所外部からの働きかけの事実として主張されているもののうち、拘置所周辺において「監獄法撤廃」、「獄中弾圧反対」等のデモ行進がなされたことは認めるが、その余は不知。

同2、(二)のうち、本件抹消処分の対象となった新聞記事に被告が主張するとおりの記事が含まれていたことは認める。しかし、本件抹消処分においては、そうした記事のみならず、乗っ取り事件を厳しく非難した意見や論説、右事件についての世界各国における反響、「よど号」の写真、さらにはラジオ・テレビの番組案内欄に至るまで抹消の対象とされているのである。

また、右新聞記事の在監者に及ぼす影響として主張する部分は、当時の東京拘置所の人的物的施設に鑑みるならば、全くあり得べからざる事というべく、誇大妄想的主張である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、東京拘置所長がなした本件抹消処分の違法性の有無について判断する。

1  原告らは、同所長が本件抹消処分をするにつき依拠した監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条一項はいずれも違憲無効であると主張するので、まずこの点について検討を加えることとする。

在監者の文書図画の閲読については、監獄法三一条一項は「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」と、同条二項は「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と各規定し、これを受けて同法施行規則八六条一項は「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定している。そして《証拠省略》によれば、昭和四一年一二月一三日法務大臣の訓令として「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」が定められ、同月二〇日法務省矯正局長が右規程の運用について依命通達を発したこと、そして右規程及び通達の内容は、いずれも被告の主張2、(三)記載のとおりであることが認められる。

ところで未決勾留は、刑事訴訟法に基づき、逃走又は罪証隠滅の防止を目的として被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄内においては、社会各般の階層から成り、しかも拘禁によってともすれば精神的平衡を失いがちとなっている多数の被拘禁者を収容して、所定の人的物的施設のもとにこれを集団として管理しなければならないのであるから、監獄内の秩序を維持し正常な状態を保持するよう配慮する必要があることはいうまでもない。このためには、単に被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでなく、被拘禁者のその他の自由に対しても合理的な制限を加える必要性が生じることもまたやむを得ないところである。そして右制限の合理性の有無を判断するに当っては、制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様等が十分吟味されなければならないものというべきである。

そこで、未決拘禁者の新聞の閲読に対する制限について考えてみるに、そもそも新聞閲読の自由は憲法一九条及び二一条の保障の下にあるものと解されるところ、右の自由は民主々義社会を支える基本的原理の一つであることはいうまでもないのみならず、一般社会から隔離された未決拘禁者にとっては一般社会に関する情報を得る手段として格別の意味を有するものであり、しかも新聞は、未決拘禁者がそれを閲読することによってその記事内容に誘発され、その結果、あるいは秩序を害する行動に出るかも知れない、という、いわば、兇器等に比すれば間接的な危険を有するに過ぎないものであることに鑑みるならば、未決拘禁者の新聞閲読に対する制限は、当該未決拘禁者の性格、監獄をとりまく監獄内外の一般的状況、看守の人員配置等の管理体制その他諸般の具体的状況のもとにおいて、当該新聞記事の閲読を許すことが監獄内の秩序を維持し正常な状態を保持することを困難ならしめる結果となる相当の蓋然性が認められる場合に初めて制限の必要が認められるというべきであり、しかもその目的を達するための合理的な範囲内においてのみ許されると解するのが相当である。

そして以上のところからすれば、いかなる場合に、いかなる態様において新聞の閲読を制限するかを判断するにあたっては、何よりも先ず監獄内の事情を的確に把握し、かつ専門技術的な知識と経験を有することが要求されることはいうまでもない。

監獄法三一条、同法施行規則八六条一項並びにこれらに関する前記取扱規程及び通達は、いずれも右の観点にたって解釈すべきであり、このように解釈する限り、憲法一九条及び二一条に違反するものではないというべく、したがって右法令等の違憲をいう原告らの主張は理由がない。

2  次に、本件抹消処分は、監獄法施行規則八六条一項の要件を充足していない違法な処分である旨の原告らの主張について判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すれば、本件抹消処分当時の東京拘置所をとりまく拘置所内外の一般的状況、看守の人員配置等の管理体制その他の保安状況は以下のとおりであったと認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(1) 昭和四五年四月一日現在において、東京拘置所には一六九五名が収容されていたが、その内訳は、未決勾留中の被告人一二七六名、懲役刑の執行を受けている者三七七名、禁錮刑の執行を受けている者一六名、労役場に留置されている者二二名、監置に処せられている者四名であった。そして右収容者のうち、昭和四三年から昭和四五年にかけて発生したいわゆる東大事件、四・二八沖縄返還デー事件、一〇・二一国際反戦デー事件、首相訪米阻止闘争事件等において逮捕され、兇器準備集合罪、公務執行妨害罪、建造物侵入罪、威力業務妨害罪等の罪名で起訴された、いわゆる公安事件関係者は三一八名に及び(以下、これらの者を「公安事件関係者」という。)、内二一名は、いわゆる大菩薩峠事件等で勾留中のいわゆる赤軍派関係者であった。

(2) 東京拘置所においては、在監者を、男子は第一舎から第七舎までの七つの棟(舎房)に、また女子は女区及び第七舎に併設されている女区の二か所にそれぞれ収容していたが、男子の公安事件関係者については、第二、四、六、七舎に収容していた。

なお、各舎房の構造や配置は、二階建の第七舎を除き全て三階建であったが、廊下がつき抜けになっている為、ひとつの居房で大声を発すると舎房全体にそれが伝わってしまい、また各舎房(但し、第七舎と女区を除く。)は約二〇メートルおきに建てられている為、ひとつの舎房での喧噪が隣の舎房へも容易に伝播してしまう配置となっていた。

ところで各舎房の各階には、独居房の場合約六〇名、雑居房の場合約一四〇ないし一五〇名を収容していたのであるが、通常はこれらの者について一人(独居房の場合)ないし二人(雑居房の場合)の看守が、交替で、常時警備その他の事務に従事しなければならなかった。

(3) 本件抹消処分当時、公安事件関係者に対する拘置所外部からの働きかけが活発に行なわれていた。すなわち、拘置所周辺において「不当勾留反対」「即時釈放要求」「東京拘置所解体」「収容者奪還」等を叫ぶデモ行進がたびたび行われたり、右と同趣旨の内容の文書、パンフレット類を差し入れる者も多く、また昭和四四年一〇月一八日には、数名の者がいわゆるゲバ棒や火炎びん等をもって東京拘置所内に乱入するといった事件も発生していた(なお、以上の事実のうち、拘置所周辺においてデモ行進がなされたことは、当事者間に争いがない。)。

(4) ところで、本件抹消処分当時、公安事件関係者のうちには、一般の在監者らとは異なって、「勾留それ自体が国家権力による弾圧であり、拘置所は、国家権力の手先で弾圧機関である。」との意識を持ち合わせている者が多かった。そして、これらの者のうちには、前述の如き拘置所周辺におけるデモ行進がなされた時、ラジオ放送での刺激的ニュースに接した時、拘置所における処遇に不満がある時その他さ細な出来事をとらえては、獄中闘争などと称して大声を発し、シュプレヒコールやインターを合唱したり、床を踏みならし、拍手や房扉、房壁を乱打し、あるいは点検や出房を拒否し、ハンガーストライキを行なう等ことさらに紀律違反行為を繰り返し、拘置所職員の指示、命令にも従わない者が多かった(なお、以上の事実のうち、公安事件関係者が大声を発し、シュプレヒコールやインターを合唱したり、拍手、房扉、房壁の乱打、ハンガーストライキ、点検や出房の拒否等を行なった事実は、当事者間に争いがない。)。しかも、これらの者は連帯意識ないし同調性が強く、一人が騒ぎを惹き起すと他の者も次々とそれに呼応して連鎖反応的に騒ぎが拡大する傾向が顕著であって、舎房の構造、配置からして、舎房全体ひいては拘置所全体が騒然となり、拘置所内の秩序を維持することが困難となる事態がしばしば発生していた。

そして、こうしたことは他の一般の在監者に対しても少なからざる影響を与え、中には、右の如き紀律違反行為に加わる者も現われていた。

(二)  《証拠省略》を総合すれば、本件抹消処分の態様等は以下のとおりと認められ、これらの認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(1) 東京拘置所においては、在監者は読売新聞の定期購読が可能であったところ、その購読者数は、昭和四五年三月三一日現在三〇四名(内公安事件関係者二三五名)、四月一日現在同上、同月二日現在三〇一名(内公安事件関係者二三二名)に及んでいた。

(2) ところで、前記一のとおり、東京拘置所においては、在監者らが定期購読していた読売新聞の昭和四五年三月三一日付夕刊、四月一日付朝、夕刊及び四月二日付朝刊の四紙について、日航機乗っ取り事件関係の記事のほとんど全てを抹消した上後記の時期に交付したのであるが、右抹消の対象となった新聞記事の大要は以下のとおりであり、したがって、右事件の発生から四月一日深夜にかけての推移もまたおおむね以下のとおりであった。

昭和四五年三月三一日付夕刊に関しては、第一面トップに「“赤軍派学生”日航機乗っ取り」「乗客ら一〇〇人をしばる」との大見出しを掲げ、羽田発福岡行きの日本航空ボーイング七二七型機「よど号」(石田真二機長、乗員七人、乗客一三一人)が、同日午前七時四〇分ごろ、富士山々頂付近を飛行中に赤軍派と称する学生らによって乗っ取られたこと、右犯人らは、乗客らの両手を縛り機内に監禁するとともに、「航路を変更して北朝鮮の富寧に行け。いうことを聞かないと持っている爆薬を爆破させる。」と、機長をピストルや日本刀などで脅していること、そこで同機は、やむなく福岡・板付空港を経由して一旦は北朝鮮上空に入ったけれどもUターンして大韓民国の金浦空港に着陸したこと等犯行の手段方法及び事件発生以来の経緯を、紙面の多くをさいて詳細に報道するとともに、事件に対する国内外の反響等も大々的に報じている。なおそのほかに、「治安当局“寝耳に水”、釈放要求目的か」との見出しのもとに、「治安当局にとっては、こんどの事件はまったくの“寝耳に水”で、いままでの赤軍派の動きからみて……乗客を人質にしての幹部釈放要求もありうるとみている。」との記事も掲載されている。

また、同紙の四月一日付朝、夕刊及び同月二日付朝刊には、右のとおり乗っ取られた「よど号」の乗客らを救出する為日韓両国政府当局及び日航関係者が懸命の説得を続けていること、しかしながら、犯人らは依然として乗客、乗員百余名を人質として機内に監禁したままで、あくまでも朝鮮民主々義人民共和国行きを強要していること、しかも監禁が長時間に及んでいる為乗客らの健康が極めて憂慮される事態となりつつあること、そのため日本国政府としては、事態を打開する為に犯人の要求にそった方向で解決を図るよう決断を迫られつつあり、朝鮮民主々義人民共和国政府との接触をとりつつあること、といった乗っ取り事件のその後の推移が、右事件に対する国内外の反響等とともに詳細に報じられている(なお、東京拘置所長が、抹消の対象とした新聞記事のうちに、被告の主張2、(二)記載のとおりの記事が含まれていたことは当事者間に争いがない。)。

(3) なお、右各新聞の交付時期であるが、東京拘置所においては、通常は前日の夕刊及び当日の朝刊が一括して午前中に在監者に対して交付されていたのであるが、昭和四五年三月三一日付夕刊及び同年四月一日付朝刊は通常よりも丸一日遅れて四月二日昼ごろに、同月一日付夕刊は通常よりも約半日遅れて同月二日夕刻に、同日付朝刊は通常よりも丸一日遅れて同月三日朝に、いずれも前記の如き抹消がなされた上交付されたが、これは本件抹消処分の実施作業に時間を要したことによるものである。

なお、四月二日付夕刊(通常よりもやや遅れて四月三日昼ごろ交付された。)以降の新聞については、乗っ取り事件自体がひとまず終結の方向へ向かったこともあって、抹消処分は緩和され、犯人の氏名が抹消された程度の新聞(この抹消の範囲については当事者間に争いがない。)を交付されるようになり、したがって、新聞の購読者は、四月三日昼ごろ以降は、乗っ取り事件に関する新聞記事についてもほぼ全面的に閲読することができるようになった。

(三)  そこで、以上(一)、(二)において認定した諸事実に基づいて、本件抹消処分の違法性の有無について判断することとする。

本件抹消処分の対象となった新聞記事の内容は、前記(二)のとおり、いわゆる赤軍派が航空機を乗っ取り、多数の乗員、乗客を人質として朝鮮民主々義人民共和国へ渡ろうとの自らの目的を強要するという、社会の耳目を従耳動せしめた当時においては前代未聞の兇悪な犯罪を極めて詳細に報道したものであるところ、こうした新聞記事は、当時東京拘置所に在監中の二一名の赤軍派関係者にとってはもとより、他の公安事件関係者にとっても、犯人が日韓両国政府とわたり合って自らの目的を実現しつつあるというドラマティックな快挙を報ずるものとして極めて衝撃的に受けとめられるおそれが相当大きかったものと推察される。ところで、前記(一)において認定のとおり、当時の東京拘置所をとりまく内外の一般的状況、各舎房の構造、配置及び看守の人員配置等の管理体制その他の保安状況、ことに、当時の東京拘置所においては、三一八名にも及ぶ多数の公安事件関係者を収容していたとろ、これらの者のうちには、拘置所に対する敵対意識のもとに、何らかの刺激的な出来事に接した時等ことあるごとに、ことさらに紀律違反行為を繰り返す者が多く、しかもお互いの連帯意識ないし同調性に支えられて右紀律違反行為が連鎖反応的に拡大し、たちまちのうちに舎へ房全体ひいては拘置所全体が騒然となり、拘置所内の秩序を維持することが困難となる事態がたびたび発生する、といった異常かつ緊迫した状況下にあったこと等に鑑みると、前記の如き新聞記事を、公安事件関係者を多数含む新聞の定期購読者らに対し、次々と交付してその閲読を許した場合には、公安事件関係者らのうちには、前記の如き衝撃的なニュースに誘発されて何らかの紀律違反行為に及ぶ者が現われ、さらに他の公安事件関係者もこれに呼応して次次と同様の行動をもってこれに加わりその結果舎房全体ひいては拘置所全体が騒然となり、そのため拘置所内の秩序を維持し正常な状態を保持することが困難となる相当の蓋然性が存したものといわなければならない。

また、前記(二)において認定のとおり、本件抹消処分の対象になったのは、乗っ取り事件が今後いかなる方向に進展するのか予断を許さない極めて緊迫した段階における昭和四五年三月三一日付夕刊から同年四月二日付朝刊までの四紙の乗っ取り事件関係の記事のみであって、それ以降は抹消処分も緩和され、四月二日付夕刊が交付された同月三日昼ごろ以降は、右事件に関する新聞報道にもほぼ全面的に接することができるようになったのである。

そうすると、本件抹消処分は、それがなされた前示の状況、抹消された記事の内容、抹消の態様、程度等を総合考慮すれば、拘置所内の秩序を維持し正常な状態を保持する為の必要かつ合理的な範囲に属するものと解すべきであって、その裁量権の範囲を逸脱し、あるいは濫用したものということはできない。

なお、原告らは、本件抹消処分においては、乗っ取り事件を厳しく非難した意見や論説、右事件についての世界各国における反響、「よど号」の写真、さらにはラジオ、テレビの番組案内欄に至るまで抹消の対象とされている点を問題にするようであるけれども、乗っ取り事件を非難する意見や論説及び右事件についての世界各国における反響を伝える記事の中には、当然右事件の具体的事実関係をうかがわせる内容が含まれているし、また、何よりも、原告ら主張の記事は、いずれも他の「よど号」事件関係の記事と一体となって事件の全体像を伝えるべく掲載されているものであるから、拘置所における秩序維持の見地から、いかなる範囲までの部分を抹消してその閲読を制限すべきかは必ずしも一義的、明確にはなし難く、したがって、「よど号」乗っ取り事件関係の記事を原則として抹消すべきであると判断してなした本件東京拘置所長の処分も、その裁量権の範囲を逸脱し、あるいは濫用したものということはできない。

三  以上の次第で、東京拘置所長のなした本件抹消処分は適法であるから、それが違法であることを前提とする原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺昭 裁判官 増山宏 金井康雄)

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